ミニマリストと禅の関係について
ミニマリストと禅は非常に似ています。以前スティーブ・ジョブズはミニマリストだったのか?という記事を書きました。そこでスティーブ・ジョブズはミニマリストであり禅にも傾倒していたと紹介しました。
スティーブ・ジョブズが傾倒していたのはミニマリズムなのか禅なのか分かりづらかったかもしれません。
ミニマリストと禅の関係は一体なんなのか?ミニマリストは禅的でもありますよね。非常に多く共通点があります。これには理由があります。
そもそも実は、ミニマリストやミニマリズムというものは日本の禅に触発されて生まれた文化です。つまり、オリジナルは日本の禅なのです。
ですから、言うなれば逆輸入のようなものです。このようなルーツがあれば、ミニマリストが禅的でもあるのはある意味当たり前のことなのです。
ミニマリストと禅のこの2つの概念は非常に深く関連しています。同じ意味を違う言葉で表現していると言っても良いかもしれません。
ミニマリズムという言葉は20世紀初頭にありました。建築家や芸術家などの間で明示的に使われていました。
私達の人生の目的は、幸せになることです。より多くを持つことはより幸せになるということが一般的には信じられています。
より多くのモノを持ち、より多くの友人を持ち、より多くのお金を持ち、、、
しかし、これが本当に幸福度を高めるのでしょうか?
多くを所有することが幸福からかけ離れていると感じた人達がミニマリストになります。
ミニマリストと禅は非常に深い繋がりがあると先ほど申し上げました。ミニマリズムは芸術や建築などのアートから生まれた概念です。
禅僧は瞑想を行います。ミニマリストと瞑想は関係しているのです。一般的に瞑想は、呼吸や音、イメージなどに意識を集中します。頭の中を空っぽにすることが目的です。
つまり、外部からの刺激を最小限にするということです。外部からの刺激を最小限にし、「無」の状態、最小限のミニマルな精神状態によって、芸術が生み出されてきたのです。
日本の芸術、建築を思い出してください。浮世絵、盆栽、枯山水庭園、華道、茶道、伝統建築などは禅の思想と深く結びついています。
これが、ミニマリストが芸術や建築と深く結びついた理由です。ミニマリズム運動は芸術運動からはじまったのです。
現在のアートデザインの中でもモダンアートはミニマリズムの影響を受けています。
仏教徒は、優しさや思いやり、執着を手放す、苦しみを減らし幸福を増やすなどの仏教の原則が日常生活に流れ込んでいるため非常にミニマリスト的な生活をしています。
仏教では、自分の欲望や執着こそが人生の悩みを作り出す原因と考えられています。つまり、物事に永久なものなど何もなく常に無常に変化していくのです。出会いがあれば、いつか必ず別れがあるように。
何かに執着することで、人生の苦しみが発生するのであれば執着を減らしていけば良い。こういった考え方があるからこそ僧侶はミニマリスト的なんです。
ミニマリストと禅の関係は非常に深いことがよくわかりますね。ミニマリストは全てのモノを捨てる必要はありません。
あなたにとって不要なモノを人生から排除し、重要なモノを残す、愛すべきモノに焦点を当てるプロセスです。
ミニマリストに関心がある方はそのルーツである禅や仏教などを学ぶのも面白いと思います。
